第10号(2010年3月)
教室年報・巻頭言
年報第10号の刊行にあたって
2009年(平成21年)の教室の記録を年報第10号としてまとめました。教室の診療、教育、研究活動は学内の方々、関連施設の方々、国内外の共同研究者の方々、「なかじまプロジェクト」(石川県七尾市中島町における認知症早期発見および予防研究)関係の地域や行政の方々、厚生労働省・アミロイドーシス調査研究班、同・クロイツフェルト・ヤコブ病サーベイランス委員会、精神神経科学振興財団・レビー小体型認知症診断研究プロジェクトほかの研究班・委員会活動等に関わる多くの方々の支援を受けております。心より感謝申し上げます。
私は2000年1月1日に当教室に赴任いたしましたが、瞬く間に10年がたち、 2000年の記録を第1号として発刊した年報も10号目となりました。この場をお借りしまして、この10年間の御指導、御鞭撻に厚く御礼申し上げます。
2009年、国内では、民主党の衆院選圧勝により政権が交代し鳩山政権が誕生しました。国外ではオバマ米大統領が就任し「核なき世界」演説で未来への希望を込めノーベル平和賞を受賞しましたが、一方でアフガンの治安悪化に対し米軍が増派されました。その他では、わが国における裁判員裁判の開始、新型インフルエンザの世界的流行、世界的な景気の低迷などがありました。
新政権が実施した「事業仕分け」は私達の研究にも直結するものでした。これは、歳出の「無駄」を省くという観点から、与党議員と民間有識者らが「仕分け人」となり、来年度予算要求に盛り込まれた事業を質疑、討論して「廃止」「予算削減」「見直し」などと判定するもので、税金の使われ方を決める過程がメデイアにも報道されたことから、世間からは概ね好評をもって迎えられました。この中で、私達の「なかじまプロジェクト」を支援して下さっている文部科学省の知的クラスター創成事業(現在継続中)が「廃止」と判定され、不況、国の税収減、それに伴う「縮減」政策が、研究事業をも直撃していることを実感いたしました。世界を先導する研究の推進が、明快に「無駄」と断じられたことには驚きました。こうした低迷する時代にこそ、20年、50年、さらにその先を視野にいれたグランドプラン、百年の大計をたてることが求められましょう。ちなみに、「廃止」と判定された私達の当該事業の予算は最終的には事業を再編成しながら実質的に「縮減」になるとのご連絡をいただきました。私達は今後も、国、地方自治体ほかのご支援をいただきながら「なかじまプロジェクト」を推進し、最終的にアルツハイマー病が予防できることを実証することをめざしております。その目標を達成すべく今後も最大限の努力を続けます。
2009年の教室のトピックスの1つは、新外来棟オープンでした。神経内科の新しい外来は新外来棟2Fにあり、東病棟2Fの神経内科病棟に近接しています。研究棟2Fにある神経内科医局・研究室から、“空中回廊”(2Fレベルの渡り廊下)を通って病棟へ、そして外来へと便利な動線になりました。この10年間で、大学病院の新築等に伴い、神経内科は、医局や研究室は2回、病棟は2回、外来は1回引っ越しましたが、これでおそらく当分の間、移転はないものと思われます。
最近の教室の活動の様子は、この年報のさまざまな所に現れているものと思います。1つの客観的な指標として、業績欄にある英文論文30数編(総説を除く)をみてみました。論文の性格では、症例報告(少数例の報告を含む)が40-50%、多数例を解析した論文(疫学的研究、血液や髄液サンプルを用いた研究を含む)が30-40%、実験的な研究論文が約20%を占めていました。一方、疾患別にみると、認知症・アミロイド関連が約20-30%、神経免疫が約10%。プリオン病が約10%で、残り約50%は脳血管障害や末梢神経障害などさまざまな神経疾患が含まれていました。病棟医を中心とした若い人達が、人手不足に負けずに活発に症例研究をしていること、認知症や免疫性神経疾患などの特徴的な臨床活動に関連した研究が行われている(一部に基礎研究を含む)ことがわかります。
近年、わが国では、若手医師の大学離れの傾向に関連して、大学、特に地方大学から出される臨床論文の数が激減していることが問題になっております。これは高いレベルの診療、研究、教育を担うことが求められている大学/大学病院にとってまさに危機的状況です。私達は、臨床報告を大切にするという姿勢を今後も守っていきたいと考えております。10年、20年以上先の未来に飛躍をもたらすブレークスルーの鍵は、現在流行中の研究にではなく、必ずベッドサイドにあるはずだからです。私達は、そこから出発して、内外の研究者の御支援をいただきながら質の高い研究を成し遂げ、患者さんに、そして世界に貢献したいと考えております。
2010年からの新しい10年が始まります。この年報第10号を皆様方に御高覧いただき、今後も一層の御指導を賜わりますことができましたら誠に幸いに存じます。
2010年3月
山田正仁