第8号(2008年3月)
教室年報・巻頭言
年報第8号の刊行にあたって
2007年(平成19年)の教室の記録を年報第8号としてまとめました。2007年、世界をみると、戦争状態が続くイラク等で大規模テロが相次ぎ、中近東のみならずミャンマーやパキスタンなどでも政情不安が高まりました。経済面ではサブプライムローン問題に始まる米国経済失速、原油価格高騰に伴うガソリン価格上昇などが世界に影響を与えました。また、地球温暖化問題が注目され、米中両国の取り組みを名指しで批判したゴア前米副大統領にノーベル平和賞が授与されました。国内では、年金の保険料で誰が納めたか不明の記録が5000万件もあることが判明し大問題となりました。また、大手や老舗の食品メーカーが賞味期限の改ざん・偽装を行っていたことが次々と発覚しました。また、農相自殺、防衛次官逮捕などの政治・行政とカネの問題が後を絶たず、夏の参院選で与党が大敗、安倍首相は退陣し福田首相が後継しました。
私たちの医療面では、地域の第一線の主幹的な病院を中心に、医師の「立ち去り現象」、医師不足がいよいよ顕著になり、「医療崩壊」がキーワードとなりメディアにもしばしば登場しました。高度医療、先端医学研究、次代の医療人育成を任務とする大学病院/大学医学部をみると、国立大学協会の調査で、臨床医学の論文数は過去5年間で10%も減少し(世界的には7%増加)、それが特に地方国立大学で顕著であることが報告され、懸命の経営努力とは裏腹に、まさに進行しつつある危機的状況の一端が示されました。
私たちの地域では、2007年3月25日に能登半島沖を震源とするM6.9、震度6.4の地震が起き、輪島市や中能登地域(穴水町や七尾市など)を中心に大きな被害を受けました。東京などと比較すると、こちらは全くと言っていいほど地震がない地域とこれまで考えられてきました。震度6以上の地震に直撃されたのは観測史上初めてのことであり、多くの建物が倒壊し、多数の死傷者が出て、年が改まった現在も仮設住宅に住んでいらっしゃる方が多数いらっしゃいます。一日も早い完全復興をお祈りいたします。
震源から離れた金沢でも、2006年に耐震改装されたばかりのはずの当科研究室の壁にヒビが入ったりしました。恵寿総合病院(七尾市)の丸田高広・神経内科医長が中心となって、この地震が能登地域在住の神経難病の患者さんにどのような影響をもたらしたかを調査いたしました。患者さんの被災状況では、自宅の損傷42%、ライフライン(水道、電気、ガス)被害10%ほか、大きな社会的被害を受けました。医療・療養上の問題として通院不能、治療薬紛失、介護確保困難などが、心身上の変調として不眠、めまい、腰痛などが高頻度にみられました。今回の経験を生かして、こうした災害時被害を想定して、患者側、医療側ともに予め対策を講じておく必要があります。さらに、能登半島地震に続いて、7月16日、新潟県中越沖を震源とするM6.8の地震が起き、柏崎市などに大きな被害をもたらしました。
本年報をみながら、2007年の私達の教室の診療、教育、研究の状況を振り返ってみますと、教室の活動は、教官、医員、大学院生(当教室所属あるいは教室外からの委託)、臨床心理士、検査技師、事務職員の方々、学内や病院内の方々、学外の共同研究者の方々、診療や学生教育を助けてくださった関連病院の方々、「なかじまプロジェクト」(七尾市中島町における脳健診および認知症予防プロジェクト)関係でご支援をいただいている地域や行政の方々など、多くの方々のご協力によって支えられており、この場をお借りして心より感謝申し上げます。
2007年の教室のトピックスの1つは病棟の移転です。4月に神経内科病棟は東10階から東2階に移りました。これは、脳神経関係の臨床科の病棟を隣接させ診療を一層向上させるという構想に基づき、富田病院長のご高配により実現したものです。精神科は隣接する北病棟を中心に東2階にも少数のベッドを有し、脳神経外科病棟は西2階にあり、神経内科病棟の東2階移転により、まさに大学病院のBRAIN(!)が集結した感があります。その結果、脳卒中や認知症等の診療において脳神経外科、精神科との連携が実質的に容易となり、今後、脳神経領域の診療科が一体となって先進的センターとして発展していくための基盤が1つ整備されたように思います。移転にご尽力をいただいた病院関係の方々、新たに神経疾患の患者さんを受け入れ、ハイレベルの看護に取り組んでくださっている越野師長を始めとする病棟スタッフの方々に心より感謝いたします。
また、金沢大学神経内科同門会に、優れた成果をあげた会員を表彰する制度が設けられ、2007年に記念すべき第1回の授賞が行われました。具体的には、前年に発表された全ての論文の中で最も優れていると評価される論文の筆頭著者に対し金沢大学神経内科同門会高守賞を、症例報告を中心とする臨床報告の中で最も優れていると評価される論文の筆頭著者に対し同門会研究奨励賞を、顕著な社会貢献に対し同門会特別賞を授与するというものです。審査の結果、同門会高守賞は坂井健二先生(Brain
2006年掲載論文)が、研究奨励賞は野崎一朗先生(Neurology
2006年掲載論文)が受賞し、表彰式が行われました。両先生、おめでとうございました。いずれも両先生の大学院在学中の仕事であり、臨床や研究に没頭している若い教室員にとって非常に励みになる制度を発足させていただきました。同門会会長・高守正治名誉教授を始めとする同門会の先生方に厚く御礼申し上げます。
2007年を象徴する漢字は「偽」と報道されておりましたが、私達は神経疾患の予防や治療を通じて、「真」に社会に貢献し患者さんの幸福の一助となることができる神経内科をめざし、より一層努力していきたいと思います。この年報第8号を皆様方に御高覧いただき、一層の御指導を賜わりますことができましたら誠に幸いに存じます。
2008年(平成20年)2月
山田正仁