金沢大学脳神経内科

年報

第6号(2006年3月)

教室年報・巻頭言

年報第6号の刊行にあたって

2005年(平成17年)の教室の記録を年報第6号としてまとめました。第1号の2000年(平成12年)版を出したのは私が当教室に赴任した時でしたので、はや6年が経過したことになり、時の速さには驚かされます。

 2005年は、わが国で、世界で、さまざまな事件がおきました。全国各地で多発した小児殺人、インターネットサイトを悪用した多数殺害などの信じられないような事件が連続しました。4月には尼崎で100名以上が犠牲になるという脱線事故がおき、安全性を軽視した無理な運行ダイヤが問題になりました。全国各地で“振り込め詐欺”が頻発し、11月にはマンションやホテルの耐震強度偽装が発覚しました。IT関連企業による大手メディアの買収騒動や投資ファンドグループの暗躍など、常軌を逸したマネーゲームも大きな話題になりました。社会全体でモラルの不在があからさまになり、信頼性が大きく揺らぎ、歪みが露呈したように思います。政治は“劇場化”という言葉に象徴されました。一年を象徴する一字を選ぶとすると『偽』の字でしょうか? 世界に目を向けると、米軍駐留下にあるイラクは依然として不安定な情勢が続き、ロンドンやバリ島でも同時爆弾テロがおき、多くの人が犠牲になりました。

 また、私達が関わる医療、保健面でも、新聞の一面に大きく取り上げられるような事件がありました。2005年2月4日、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)サーベイランス委員会はBSEが原因とされる国内初の変異型CJD患者を確認、厚労省審議会に報告し、同日厚労省から概要が発表されました。私がサーベイランス委員会の委員長をしており、委員会事務局が教室にある関係で、それからの数カ月は目の回るような忙しさでしたが、一番心配したのは患者さん(ご家族)の個人情報保護の問題でした。メディアの強烈な取材攻勢がありましたが、関係する方々の高いモラルと適切な対応によって、患者さんのプライバシーが守られてきたのは、当然のこととはいえ、ホッといたしました。12月には、食品安全委員会の答申に基づき、BSE発生で2003年から停止されていた米国とカナダからの牛肉の輸入再開を政府が決定しました。また、アスベスト吸入による中皮腫等の健康被害が関連企業の元従業員や住民に拡がっていることが改めて注目されました。

 金沢大学大学院医学系研究科および医学部附属病院は、独立行政法人化、臨床研修必修化などの大きな機構改革後2年目を迎えました。独立行政法人化では、診療や研究において、採算性、研究費や特許の獲得などを推進するために、実績の評価やそれに基づく予算配分が一部で工夫されるようになりました。臨床研修制度では、大学病院には研修医は集まらない傾向がいよいよはっきりし、今度は、初期研修修了後の後期研修コース(専門医コース)に若い医師を集めるための努力が始まりました。また、病院では外来診療に2005年8月から電子カルテが導入され、画像のフィルムレス化が進みました。

 本年報をみながら、2005年の私達の教室の診療、教育、研究の状況を振り返ってみますと、教室の活動は、教官、医員、大学院生、臨床心理士、検査技師、事務職員の方々はもとより、院内や学内の方々、学外の共同研究者の方々、診療や学生教育を助けてくださった関連病院の方々、当科研究室に他から研究にきてくださっている大学院生など、多くの方々のご協力によって支えられており、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

 診療面をみると、外来では初診、再診ともに当科受診患者数は増加を続け、特に初診患者数はこの6年間で倍増しました。認知症の専門外来である『もの忘れ』外来は初診から完全予約制をとっていますが、極めて多数の患者さんの受診希望に答えるだけのマンパワーが教室にないために、予約枠が常に満杯の状態が続いており、大変申し訳なく思っております。病棟では、年間を通じ入院待ちの状態が続き、患者さんに御迷惑をおかけいたしました。少ない病床数(20床)の関係もあり関連病院との連携によって何とか対応している状況で、特に救急患者については、今後、関連他科と共同して脳血管障害診療体制の確立を急ぐ必要性が痛感されました。

 教育面では、医学科学生の神経内科の実力は着実に伸びてきており、それが彼らの卒業時の成績にも現れてきました。また、2005年からの新たな取り組みとして、課外イベントとして『金沢神経内科アカデミー』を始めました。これは、神経系に興味をもっている人達(学生や研修医)に、通常の実習や研修のレベルを超えたコースを用意するもので、臨床神経学と共に神経疾患の研究にもトライしてみる(神経免疫、神経化学、神経病理、遺伝子などのコースから1つを選択)といった内容です。研究の方はうまくいったグループも、うまくいかなかったグループもありましたが、皆さん楽しんでいたようでした。

 研究面では、認知症・アミロイド、神経免疫等の研究を行いました。教室の研究の質をみると、臨床研究を中核に、一方では研究室での分子レベルの実験的研究、他方では全国規模の疫学的研究まで、非常に幅広い活動をしているのが特色ではないかと思います。疫学研究は倫理指針の厳格な遵守など、最近ではなかなか苦労の多い分野となっていますが、当教室では、プリオン病研究班CJDサーベイランス委員会におけるプリオン病サーベイランス、アミロイドーシス研究班における脳アミロイドアンギオパチー全国調査、神経免疫研究班における重症筋無力症の全国調査など、多くの疫学研究が活発に行われています。研究の中心は大学院生であり、研究室での実験から、臨床、全国疫学調査まで、スタッフの指導を受けながら全力で取り組んでいるというのが現在の姿と思います。こうした経験で得られる幅広い見識は、彼らが将来どんな方向に進もうとも、臨床や研究活動等を推進していく上で、きっと役にたつものと確信しております。

 私達は神経疾患の予防や治療を通じて、患者さんの幸福の一助となり社会に貢献できる、『偽』ではない『真』の神経内科をめざし、一層努力していきたいと思います。この年報第6号を皆様方に御高覧いただき、一層の御指導を賜わりますことができましたら誠に幸いに存じます。

平成18年3月
山田正仁

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