金沢大学脳神経内科

年報

第20号(2020年3月)

教室年報・巻頭言

年報第20号の刊行にあたって

 2019年(平成31年~令和元年)の当教室の診療、教育、研究活動の記録を年報第20号としてまとめました。学内、関連施設、国内外の多くの方々から多大なご支援、ご指導をいただきました。心より感謝申し上げます。

 2019年、世界をみますと、香港では、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする条例改正に反対し、学生・市民による抗議デモが続きました。香港に高度の自治を認めた「一国二制度」の危機であり、事態収束の見通しは立っていません。米中貿易摩擦が激化し両国は報復関税を掛け合う事態となり、世界経済に影響が出ました。国内では、5月1日、新天皇陛下が即位され、「令和」の時代が始まり、即位に関わる一連の儀式が行われました。10月からは消費税が10%に増税されましたが、一部については軽減税率が導入されるなど複雑な仕組みになりました。9月、10月には、相次いで東日本を台風が襲い、強風や記録的な豪雨に見舞われました。私が理事長を務める日本神経感染症学会の学術大会(西條政幸会長、東京)は台風19号のために総会や一部のプログラムを中止せざるを得ませんでした。長野市では千曲川の堤防が決壊し大規模な浸水被害を生じ、車両基地に止めていた北陸新幹線の車両が浸水し、一時は不通になるなど、金沢-東京間の交通にも支障が出ました。10月末に、世界遺産である首里城(那覇市)に火災がおき焼失しました。

 明るい話題としては、秋にラグビーのワールドカップが日本で開催され、日本が大活躍し8強に入りラグビーが大ブームになりました。12月、リチウムイオン電池を発明した吉野彰先生(旭化成)がノーベル化学賞を受賞しました。

 私たちの領域の昨年のトピックスの1つは標榜診療科名の変更です。全国の「神経内科」は「脳神経内科」へ変わりました。金沢大学病院では2018年度中に電子カルテや掲示の変更の準備を行い、2019年4月1日から「脳神経内科」(脳内)に変わりました。同時に、医学生の教育科目名も「脳神経内科学」となりました。この年報の名称も2019年(第20号)から「金沢大学 脳神経内科 年報」に変わりました。

 脳神経内科の専門医は現在、内科専門医の2階に乗っているサブスペシャルテイですが、神経学会が中心となって、専門医制度における基本領域化をめざす活動を継続しました。これは、脳神経疾患の診療において脳神経内科のカウンターパートである脳神経外科や精神科の専門医が基本領域であるため、脳卒中、認知症、てんかんなど脳神経関連の専門科が連携して診療に当たらなければならない疾患群において、「ねじれ」現象が生じて困っていることなどが理由です。実際、脳卒中、認知症などのcommon diseasesの学会の専門医は、専門医制度の中で、基本領域の2階にくるサブスペシャルティになることを求めており(機構の専門医に3階はありません)、脳神経内科が内科の2階にあるままでは、脳卒中、認知症、てんかん等の専門医はneurology(脳神経内科)を知らない専門医ばかりになってしまいます。世界をみても、米英独仏などで専門医制度においてneurologyが内科のサブスペシャルティになっている国は日本以外にはありません。

 当科をみますと、2019年は「認知症先制医学講座」(リコー未来技術研究所・寄附講座)の開設などの発展がありました。私達が2001年から行っている研究に石川県七尾市中島町における認知症地域コホート研究「なかじまプロジェクト(Nakajima Study)」があり、それを紹介させていただきます。世界最高の長寿国である日本の中で特に高齢化が進む地域で質の高い認知症コホート研究を継続することはわが国や世界の未来に必ず貢献すると考えて本研究を始めました。当初、対象とする地域の選択や開始準備に時間がかかったため、実質的に調査研究を始めることができたのは2006年でした。幸運であったのは、当初からJST(科学技術振興機構)/文部科学省の地域結集型共同研究事業/知的クラスター創成事業などの大型事業の支援を得て研究をスタートさせることができたことで、現在も、AMED・大規模認知症コホート研究(JPSC-AD)ほかのご支援をいただき、さらに「認知症先制医学講座」を設置していただくなどして研究を推進しております。

 なかじまプロジェクトの目的は認知症の早期発見と予防です。中島町はわが国の30年近く先の人口構成を有すると考えられ、まさにわが国の未来を示しています(2016年の高齢化率40%)。60歳以上の住民の皆様にご参加いただき調査研究を継続しています。ベースラインで認知機能正常の人を前向き縦断的に追跡することにより、早期発見のためのツールの有用性を検証し、危険因子や防御因子を探索し予防法開発を行っています。

 地域における認知症の有病率や発症率を正確に知るためには高い調査率が必須です。2006年から地区の公民館でもの忘れ健診を始めて、すぐに問題になったのは対象住民の参加率が40%程度にとどまるということでした。そのため自宅訪問を併用して90%以上の参加率を達成しました。そこで明らかになったことは、認知症や軽度認知障害は公民館に健診を受けに来る人には少なく、公民館に来ないので自宅訪問をしなければならない人に有意に多いことでした。これは考えてみれば当然のことですが、認知症地域コホート研究では参加率の低さによって調査バイアスがかかることを具体的に示した初めてのデータです。2019年6月、閣僚会議によって決定された「認知症施策推進大綱」において「共生」と「予防」という基本理念が示されましたが、その基礎となる認知症有病率のデータは、全国8地域からなる大規模認知症コホート研究のうち悉皆調査(参加率90%以上)を行っている3地域、すなわち、私たちの石川県中島町、福岡県久山町(九州大学)、愛媛県中山町(愛媛大学)のデータを合体させたものです。なかじまプロジェクトに熱心にご協力くださり、わが国有数の地域研究にしてくださっている中島町の皆様に改めて感謝申し上げます。

 私たちの認知症予防法開発の基本戦略は、①認知症地域コホートにおける観察結果を起点に、そこで示唆された防御因子について②アルツハイマー病の実験モデルでその効果や作用メカニズムを解明し、最も優れていると考えられる因子を用いて③認知症予防介入研究を行いその有用性を検証するというものです。なかじまプロジェクトでの観察で、最初に出てきたのは緑茶摂取と認知機能低下リスク減少との関連です。認知機能正常者の緑茶摂取が約5年後の認知機能低下リスクの減少と関連していることなどから、緑茶等の食品に含まれているポリフェノール類に注目し、その抗アミロイド作用をアルツハイマー病の試験管内モデル・動物モデルで解明し、その中で最も優れた効果を示したロスマリン酸を豊富に含む食品抽出物を作成し、現在、それを用いた非認知症地域住民を対象としたプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験(認知症予防介入試験)に進んでいます[AMED・認知症研究開発事業:DPRED]。また、最近では、「アポE E4」や「女性」といったアルツハイマー病の強力な遺伝的危険因子を有するにも関わらず認知機能が低下してこない一群に注目した前向き縦断研究を行い、遺伝的危険因子と交互作用しリスクを減少させる食品関連因子を見出し、その作用機序やアルツハイマー病の新たな治療標的の解明を推進しています[AMED・認知症研究開発事業:D-AGE]。地域コホート研究から興味深いことが次々と見えてきます。

 この年報第20号を皆様方に御高覧いただき、今後も一層の御指導を賜わりますことができましたら誠に幸いに存じます。

2020年3月
山田正仁

2019年3月3日 「なかじまプロジェクト市民公開講座」(能登演劇堂、中島町)後の
「なかじまプロジェックト慰労会」(国民宿舎・能登小牧台、中島町)。
なかじまプロジェクトをご支援いただいている地元の方々と共に。
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  • TEL:076-265-2292