金沢大学脳神経内科

年報

第19号(2019年3月)

教室年報・巻頭言

年報第19号の刊行にあたって

2018年(平成30年)の当教室の診療、教育、研究活動の記録を年報第19号としてまとめました。学内、関連施設、国内外の多くの方々から多大なご支援、ご指導をいただきました。心より感謝申し上げます。

 2018年、世界をみると、6月に米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長がシンガポールで米朝首脳会談を行い、朝鮮半島の緊張緩和が進むことが期待されました。9月にはインドネシア中部で地震、津波が起こり、死者は2000名以上に達しました。米国が中国の知的財産権の侵害を理由に追加関税を発動したのをきっかけに米中貿易摩擦が激化し、世界経済に影響が出ました。また、1960年代に筋萎縮性側索硬化症を発症したとされ「車椅子の物理学者」として知られている英国のスティーヴン・ホーキング博士が3月に死去しました。
 国内では、7月、西日本の各地を記録的な豪雨が襲い、死者が220人を超えました。また、9月には北海道の胆振地方を震源とする震度7の地震が発生し、死者41人を含む多数の死傷者がありました。7月、地下鉄サリンなど、一連のオウム真理教事件の首謀者である教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚ら教団元幹部の死刑囚13人全員の刑が執行されました。1995年3月20日の地下鉄サリン事件の当日、私は東京で勤務しており被害者を診る機会がありました。松本死刑囚は最後まで真相を語りませんでした。11月、日産自動車のカルロス・ゴーン会長ら代表取締役2人が金融商品取引法違反の疑いで逮捕され、日産/日本とルノー/フランスとの間に大きな波紋を生じました。
 明るい話題としては、2月に行われた平昌・冬季オリンピックのフィギュアスケートで羽生結弦選手が連覇を達成しました。12月、PD-1を発見した本庶佑・京都大特別教授が「がん免疫療法」の業績でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 医学・医療、神経内科領域の話題の1つは新しい専門医制度です。日本専門医機構は2017年4月からの新専門医制度開始予定を延期していましたが、ついに2018年4月からスタートしました。神経内科専門医は、これまでは、内科認定医の2階部分に乗っているサブスペシャルティでしたが、今後は内科認定医がなくなり新内科専門医のみになるため、従来と較べて内科全般に渡る多数例の研修が求められるようになり、2018年4月に初期研修を終えて当科に入局した3人のフレッシュマンから新内科専門医のプログラムと神経内科専門医のカリキュラムの並行研修を行っていくことになりました。
 このたびの専門医制度の再整備をきっかけに、日本神経学会は「神経内科専門医のあり方」について調査や審議を行ってきましたが、2018年1月の社員総会で、神経内科は専門医専門医制度のおける基本領域化をめざすことを決定しました。これは、脳神経疾患診療における神経内科のカウンターパートである脳神経外科や精神科の専門医が基本領域であるため、脳卒中、認知症、てんかんなど脳神経関連の専門科が協力して診療に当たらなければならない疾患群において、「ねじれ」現象が生じていることなどが理由です。実際、脳卒中などの脳神経系のcommon diseasesの専門医は、新専門医制度の中で、基本領域の2階にくるサブスペシャルティになることを求めており、神経内科が内科の2階にあるままでは、脳卒中、認知症、てんかん等でneurologyを知らない専門医ばかりになってしまうことが現実の問題になっています。神経内科専門医の基本領域化は日本専門医機構、日本内科学会の理解を得た上で実現しようとするものであり、日本神経学会は一丸となって努力を重ねています。
 また、同時に、2018年度中に「神経内科」の名称を「脳神経内科」に変更することを決定しました。これは、わが国においては、精神科psychiatryが「神経科」という名称を長く使ってきているため、「神経内科」が国民から「神経科」(実は精神科)と誤解されやすいこと等によるものです。Neurologyに対応する診療科名は直訳すれば「神経科」ですが、歴史的な経緯からそれを使えず、「神経内科」から「脳神経内科」へ変更せざるを得ない事情をご理解いただければと思います。金沢大学では、2019年4月1日から、診療科名を「脳神経内科」、医学生に対する教育科目名を「脳神経内科学」、大学院における研究分野名を「脳老化・神経病態学(脳神経内科学)」に変更いたします。

 当教室では、2018年も、認知症地域コホート研究などの特色のある診療・研究・教育活動を継続して実施しました。2018年度、教育関係の事業である「認プロ」が5年の節目を迎えましたので、それを紹介したいと思います。
 「認プロ」は平成26年度から文部科学省の課題解決型高度医療人材養成プログラム」の「特に高度な知識・技能が必要とされる分野の医師養成:難治性疾患診断・治療領域」において、「北陸認知症プロフェッショナル医養成プラン(認プロ)」として採択された認知症に関する人材育成事業です。下図にその体制と成果の概略を示します。北陸にある4大学(神経内科、精神科、老年科)、関連病院、関連研究機関、自治体等のネットワークにより、認知症のプロフェッショナルを育成しようとする事業です。文科省の事業の性質により、当初、医師向けの教育コース(本科、インテンシブ、スペシャル、スーパー)を設置しましたが、認知症診療・ケアは多職種連携が基本ですので、すぐに看護、介護、薬剤、リハビリ、栄養、研究者など認知症に関わる全ての職種がどなたでも受講できるメディカルスタッフe-learning講座を設置しました。教育プログラムでは、ウェブ上でe-learning講義(40コマを用意)を受け、認知症の症例検討会(デメンシアカンファレンス)(毎月1回)や各種講演会・セミナーにはテレビ会議システム(ウェブ上にキャスティング)で参加するなど、インターネットを活用した活発な活動を行っています。認知症の人の急増とともに、さまざまな講習会や研修会が各地で行われていますが、関係者は皆、非常に多忙のため、それらに参加することは容易ではありません。パソコンがあればどこでも勉強できる、こうしたプログラムは非常に有用で、北陸のみならず全国から多くの関係者の方々に受講をいただいております(医師のコース履修者 約100名、看護や介護等のメディカルスタッフの受講者 約1700名)。こうしたシステムで熱心に研鑽を積まれた方々から、高いレベルで認知症診療やケアを実践できる次世代のリーダーが育ってくるものと期待しています。
 私達は、北陸における「認プロ」の成果に基づき、こうした認知症プロフェッショナルの育成事業の今後の展開として、(1)認プロ教育拠点の全国展開(「がんプロ」のように「全国型の認プロ」へ展開する)、(2)認プロコースの医師以外の職種への拡大(現在は「講座」に留まっているが、「コース」設置のニーズ・関係職種の方々の意欲は極めて高い)、(3)認知症予防へ向けた展開(科学的根拠のある認知症予防法の確立のための研究プロジェクトを通して認知症予防エキスパートを育成)、(4)認知症多発超高齢社会のための教育・研究拠点形成へ向けた展開[地域における認知症診療や介護等ばかりでなく、認知症の人や高齢者を支える保健医療福祉システム、支援テクノロジー(AIなど)、地域づくり(地域社会経済システム、交通システムなど)に携わることができる人材の育成に貢献する]の4つを提案しています。今後も現在の「認プロ」を継続しつつ、さらにこうした「発展型」をめざしてまいりますので、ご支援をよろしくお願いいたします。

 この年報第19号を皆様方に御高覧いただき、今後も一層の御指導を賜わりますことができましたら誠に幸いに存じます。

2019年3月
山田正仁

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